『心身症アスリート 完璧でない私の挑戦』④

自叙伝過去 エッセイ

『教訓  人はいい時も、悪い時もある。明けない夜は無いことを思い出す』

③の続き

4月に調子がおかしいと思い(正確にいうと1年前に、肝機能・腎機能障害で3週間ドクターストップがでて、自宅療養をしていたので1年前になる)、5月にギクシャクした走りとなり、その後、加速度的に悪化し、7月に療養生活、秋にはお世話になった会社を退社し、私の寮にある荷物も引き取った。最後に寮長さんに挨拶をしたのは、ぼんやり覚えている。あれから32年経っている。

私の場合は、身体をかなり壊していたので、病院もあちらこちらに行っていた。

まず、過酷なトレーニングで、生理が1年以上止まってしまっていた。

子宮が12歳のままの成長で止まっていた。

骨密度は60歳と診断された。ホルモン注射をうち、生理を促したために、出血が止まらなかった。顔がぱんぱんにむくみ、またニキビが顔中にできた。『これは本当の私ではない』と鏡に映る私を見てよく思った。

動けないし、酷い顔。20才の私の黒歴史はこの時だった。

同い年の友達は、大学生活をエンジョイし、その頃は、日本のハブリも良かったので、女子の大半はブランドバッグをもって、ハイヒールを履いて、土日は彼氏が車で自宅まで車で迎えに来てくれ、そんな女子たちは、キラキラ輝き、眩しくステキに思い、益々私は悲劇の主人公だと思い、同年代の女子が羨ましくて仕方なかった。

その時は『私も元気になったら、青春時代を取り戻すのだ』とずっと思っていたし、また、『人生で1番素晴らしい20歳に、私は最低最悪な人生でいることに対しての自己嫌悪は凄まじく、『どうして私だけ』とか『私が何か悪いことをしたのか』とか被害者意識がものすごくあった。

病気に対して、まだ受け入れられなかっだのだと思う。そうしている間に冬を迎えることになった。 続く

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